皆(みな)さま、明(あ)けまして おめでとう御座(ござ)います。 今年(ことし)もひとつよろしくお願(ねが)い致(いた)します。 二〇一二年( ねん)は、干支(えと)でいいます「辰(たつ)年(どし)」を迎(むか)えます。辰(たつ)、すなわち龍(りゅう)の年(とし)にあたります。龍(りゅう)は架空(かくう)の動物(どうぶつ)ですが、歴史(れきし)は大変古(たいへんふる)く原語(げんご)はインドの梵語(ぼんご)「Naga」から来(き)ています。 物語(ものがたり)は蛇形(じゃけい)の竜神(りゅうじん)として、空中(くうちゅう)・地(ち)上(じょう)・水(すい)中(ちゅう)に住(すまい)し、我々(われわれ)に「水(みず)」をもたらす神(かみ)として尊(とうと)ばれてきました。 そして〈龍(りゅう)〉は、仏教(ぶっきょう)の教(おし)えと共(とも)に中国(ちゅうごく)に渡(わた)り、特(とく)に仏教寺院(ぶっきょうじいん)の荘厳(しょうごん)として用(もち)いられました。よってアジアの仏教寺院(ぶっきょうじいん)には多(おお)くの「竜(りゅう)」が内陣(ないじん)や梁(はり)などに荘厳(しょうごん)として使(つか)われました。 もちろん、当仏教会(とうぶっきょうかい)のお内陣(ないじん)のお荘(しょう)厳(ごん)にも多(おお)くの「竜(りゅう)」が見(み)られます。 また日本(にっぽん)でも「蛇(へび)を助(たす)けた男(おとこ)が竜(りゅう)に竜宮(りゅうぐう)に招(まね)かれ、大(おお)きな富(とみ)を得(え)た話(はなし)」や「天狗(てんぐ)と龍(りゅう)」など「龍(りゅう)」の物語(ものがたり)は多(おお)く伝(つた)えられています。 先般(せんぱん)、日本(にっぽん)の大阪別院発行誌(おおさかべついんはっこうし)「御堂(みどう)さん」という雑誌(ざっし)に末本弘燃先生(すえもとこうねんせんせい)の「龍(りゅう)」についての意味深(いみぶか)いストリーが載(の)っておりましたので、ご紹介(しょうかい)いたしましょう。 ここでは、その中(なか)の法華経(ほっけきょう)と龍(りゅう)に関(かん)するお話(はなし)をご紹介(しょうかい)します ある里(さと)のお寺(てら)のお坊(ぼう)さんは朝(あさ)、昼(ひる)、晩(ばん)、と「法華経(ほっけきょう)」を毎日読経(まいにちどっきょう)しておられました。ある雨(あめ)の日(ひ)、龍(りゅう)がこの僧(そう)の読経(どっきょう)を耳(みみ)にしました。そして、龍(りゅう)は僧(そう)の素晴(すば)らしいお経(きょう)の声(こえ)に聞(き)きほれました。 龍(りゅう)は超能力(ちょうのうりょく)を発揮(はっき)し、「法華経(ほっけきょう)」の意味(いみ)を神通力(じんずうりき)で解釈(かいしゃく)しました。龍(りゅう)はこれは素晴(すば)らしいお経(きょう)に逢(あ)うご縁(えん)を頂(いただ)いたと大変(たいへん)よろこび、後(のち)にその僧(そう)の弟子(でし)になりました。 そんな折(おり)、その地方(ちほう)に長(なが)く雨(あめ)が降(ふ)らず、大(だい)かんばつに見舞(みま)われ、草木(くさき)や穀物(こくもつ)はことごとく枯(か)れ果(は)て、人々(ひとびと)は飢(う)えに苦(くる)しんでいました。 天皇(てんのう)は、何(なに)か良(よ)い案(あん)はないかと思案(しあん)をしました。そんな時(とき)、フッと友達(ともだち)の一人(ひとり)である僧(そう)の弟子(でし)に、〈龍(りゅう)〉がいることを思(おも)い出(だ)しました。 天皇(てんのう)はすぐ僧(そう)を呼(よ)び、こう頼(たの)みました。「あなたの弟子(でし)である〈龍(りゅう)〉に、雨(あめ)を降(ふ)らすように頼(たの)んではもらえないか」 僧(そう)は、「それは難題(なんだい)なご依頼(いらい)でございます。しかし国(くに)の為(ため)、人民(じんみん)の為(ため)、そして平和(へいわ)な日常(にちじょう)に戻(もど)す為(ため)、〈龍(りゅう)〉に頼(たの)んでみましょう」と引(ひ)き受(う)けました。 僧(そう)は早速(さっそく)〈龍(りゅう)〉を呼(よ)んで、天皇(てんのう)の以来(いらい)を告(つ)げました。〈龍(りゅう)〉は、しばらく考(かんが)えて、こう返(へん)事(じ)をしました。 「私(わたし)は、今(いま)まで自然(しぜん)をあらし、洪水(こうずい)や大雨(おおあめ)をもたらし、多(おお)くの人間(にんげん)や動物(どうぶつ)に迷惑(めいわく)をかけ続(つづ)け、悪行(あくぎょう)を重(かさ)ねてきました。しかし貴方様(あなたさま)の〔読経(どっきょう)〕を聞(き)き、『法華経(ほっけきょう)』を信(しん)じ、悪業(あくごう)の苦(くる)しみから解放(かいほう)されました。そのお礼(れい)に貴方(あなた)さまの願(ねが)いを聞(き)きましょう」と引(ひ)き受(う)けました。 それにしても、この飢饉(ききん)に雨(あめ)が降(ふ)らないということは、よほど「天(てん)」に何(なに)か大(おお)きな訳(わけ)があってのこと、それを雨(あめ)を降(ふ)らすことを頼(たの)むということは、天罰(てんばつ)として、天(てん)に私(わたし)のこの命(いのち)を差(さ)し上(あ)げることになる…。〈龍(りゅう)〉は深(ふか)く悩(なや)みました。 しかし、〈龍(りゅう)〉は私(わたし)の命(いのち)をささげようと決心(けっしん)をしました。 次(つぎ)の日(ひ)のことでした。雨(あめ)が村全体(むらぜんたい)に、また郡全体(ぐんぜんたい)に降(ふ)り、池(いけ)や川(かわ)は平常(へいじょう)の水位(すいい)にもどり人々(ひとびと)は大喜びでした。 その翌日(よくじつ)、僧(そう)は朝早(あさはや)く裏山(うらやま)や田(た)んぼを見回(みまわ)りました。その途(と)中(ちゅう)の小(こ)池(いけ)のそばで〈龍(りゅう)〉の死骸(しがい)を見(み)つけました。僧(そう)は、それが弟子(でし)であった〈龍(りゅう)〉のものだとすぐわかりました。 僧(そう)はその〈龍(りゅう)〉の死骸(しがい)を寺(てら)に持(も)ち帰(かえ)り、丁寧(ていねい)に埋葬(まいそう)して『法華経(ほっけきょう)』をあげ、弔(とむら)われたということです。 そうです、〈龍(りゅう)〉は自分(じぶん)の命(いのち)を投(な)げ出(だ)して、人民(じんみん)を救(すく)ったと言(い)う意味深(いみぶか)いお話(はなし)です。 最後(さいご)に私(わたし)、宮地彰雄(みやじあきお)は{辰(たつ)}年(とし)です。 合 掌 宮 地



